一分銀の特徴と古銭買取りについて

江戸時代末期に流通した銀貨の一つに一分銀が在ります。

この銀貨は同じく江戸時代末期に流通されていた銀貨の一種でもある南鐐二朱銀の成功を受けたことで1837年(天保8年)から鋳造されたもので、天保の時代に登場した事からも天保一分銀とも呼ばれています。

この銀貨の特徴は現代では当然のようになっている額面が記されると言う、表記貨幣であり、以前の貨幣は丁銀や豆板銀などのような、重量で貨幣価値を定めると言う秤量貨幣と言った特徴を一新させる貨幣の登場です。

尚、一分銀には天保の時代の古一分、安政の時代の新一分、明治元年の貨幣司一分銀などの種類が在り、何れも希少価値が高い古銭として知られているものです。

希少価値が高いと言う理由は古い時代の古銭であるだけではなく、発行枚数そのものが少なく、天保の時代に発行されたものは1837年から1854年の12年間で約7,900万枚、安政の時代では1859年から1868年の9年間で約1億枚、明治元年の1868年から1869年にかけての2年間では約430万枚などの発行枚数であり、現存数が少ないものなどは古銭買取りの中では希少価値が高い骨董品として取り扱われると言った特徴が在ります。一分銀は長方形をした貨幣であり、天保8年の1837年から明治2年の1869年までの32年間の中で3種類の一分銀が鋳造されていました。

因みに、日本の中では商取引用として室町時代後期より明治維新の時代までに流通していた丁銀と呼ばれている銀貨、江戸時代の中で流通されていた豆板銀と呼ばれている銀貨などが在りますが、これらの銀貨と言うのは秤量貨幣と呼ばれているもので、重量を以て貨幣価値を決めると言う特徴が在りましたが、一分銀は秤量貨幣とは異なり、計数貨幣という額面記載による貨幣として流通されるなどの特徴を持ちます。

尚、一分銀などについて、詳しくはこちらから!をチェックして貰えると古銭買取りなどについて知識を得る事が出来ます。

一分銀は古い時代に流通されていた古銭で在る事、そして今の時代には流通していないため、知識を持つ鑑定士がいるお店だけで買取りが出来るコレクション品と言えます。

また、時代により発行枚数が異なる事や鋳造における品質なども年代により様々であり、これらの知識を持つ鑑定士のみがお宝と言える古銭の査定を行う事が出来る事、そして骨董価値を見出した金額で買取りをして貰えるなどのメリットに繋がります。